児島虎次郎は、47年という短い生涯の中、欧州に3度渡り、中国・朝鮮半島を4度旅しています。それは、自らの絵画修業と大原コレクションのために奔走した人生でした。大正11年、3度目の渡欧ではロダン、エル・グレコ、セガンティーニらの作品を購入。帰国途中、虎次郎はかねてあこがれていたエジプトに立ち寄り陶片や彫刻も購入しています。現在、大原美術館(倉敷市)と成羽美術館で古代エジプトの副葬品が所蔵されている由縁です。中国・朝鮮半島へは主に画題を求めての旅行でした。東洋を題材とした制作には、西欧の模倣ではなく、東洋人としての独自の表現を意識していたことがうかがえる作品が多くあります。虎次郎は大正13年、明治神宮奉賛会から明治天皇の生涯をつづる壁画の制作を依頼されました。画題は「対露宣戦御前会議」。明治37年2月4日、日露戦争の開戦決定という緊迫した御前会議の情景でした。この大役に虎次郎は並々ならぬ情熱を注ぎ周到に準備をすすめていきました。各方面に働き掛け、資料や情報を収集。また、御前会議に出席した生存者に直接談話を聴くなどして、当時の状況を取材しました。
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